コンクール「落ち葉」 2021年12月

昨年末に、落ち葉をテーマに行った、コンクールの結果を掲載いたします。今回は、落ち葉を通して自然を感じていくことが目的でした。自然に優劣は無いという感じで順位を付けなかったため、実はコンクールではありません。参加された皆様、お忙しい年末、それもクリスマスイブに締め切りというスケジュールにも関わらず、ご参加有難うございました。

作品を拝見するに、しっかり細密に描き込んで、完成度の高いものばかりだと思いました。 そして、落ち葉を選んだ切っ掛け、落ち葉から感じたことなど、それぞれが落ち葉とのつながりを見つけていく過程が、デッサンの目的にかなう素晴らしい機会になったことは幸いでした。

以下、デッサンと作者のコメントを、(出来るだけ)忠実に掲載しました。
よろしければ、長文お付き合いください。
※プライベートに関わる部分を、文中から抜き出した文章が含まれます。
※小見出しに応じて、文意に沿って前後に移動した文章が含まれます。

 

落ち葉に思ったこと
「役目を終えて枯れ落ちた葉っぱは、分解され肥料として次の葉っぱの糧になります。 そこで、枯れてくしゃくしゃになりながらも生命力を持っているな、このエネルギーが次の世代へと受け継がれていくんだろうな、と思った落ち葉をモチーフにしてみました。」
デッサンについて
「葉っぱの曲がり方を正面から描きたかったので、なんとか奥行きが出ないものかと試行錯誤しました。また枯葉っぽい硬くてカサカサした感じを出したいと思いました。今回のデッサンでは、モチーフのどういったところに着目して描くか、ということを意識できたように思います。 ただ、落ち葉は構造も細かく、描いているとだんだん近視になっていってしまったので、 改めて全体を俯瞰して、陰影の濃さとタッチを意識して続きを描いてみようと思います。」
社会について
「人間社会全体では葉っぱのようなサイクルは思った以上にうまく回っていない気がします。 自分たちの世代さえよければ、とならないよう気を付けていきたいと思いました。」 

 

デッサンについて
「とても難しかったです。どうやったらいいのか数日迷いつつ、形の取り方・陰影・質感、どう書き込んで良いのかはっきりしないところが沢山あったのですが、現時点でできたところで提出します。次に描くなら、もう少し手元で見て描きたいと思いました。」
描きながら思ったこと
「今回のコロナ禍で、思ったより自分の行動や選択にも影響があったのだなと、改めて思いました。行動が制限される中でやれることを探して選択していることが、今の状況とつながっているのだと思います。」

 

社会について
「気候変動によって、住処を失う方もおられるのだと知りました。 気候変動に対して順応できければ、今の暮らしを失ってしまう。変化する事、それは大きな不安を生むと思います。一方で時間と共に変化が起きるのは自然な事で、止めようも無い事だと思います。 青く艶やかだった葉も、時間の重なりによって落ち葉となり、微積に分解されて土にかえります。 落ち葉の意識とは関係なく、時間という止めようのない変化が存在します。」
落ち葉に思ったこと
「今回、枯葉を眺めていると静かな呼吸を感じました。
声は小さくても生命がこもっている様に思い、その静けさと葉に刻まれた時間の経過を表現出来ればと思い、全体を暗くしてスポット光をあてて、耳を澄ませているような雰囲気をつけました。」
デッサンについて
「葉脈や細かな膨らみなど、デッサンの仕上げに向かうにつれて、描いても書き切れないと感じるほど細かな変化がありました。難しいのですが、描き込みは楽しかったです。しかし描き込みによって全体の明暗が狂ってしまったり、少し消すつもりが消しすぎたりと薄いグラデーションを刻む事が大変でした。また、葉の反り具合を立体的に表現することが難しかったです。 今回のデッサンではモチーフを通じて何かを感じ取り、表現の工夫をする面白さを再確認しました。制作のスタンスを深掘りしていきます。」

 

落ち葉に思ったこと
「落ち葉を探していると、虫に食べられてシミの多い枯葉が目に留まったので、モチーフに選びました。デッサンでは、色々な角度を検証し、葉脈や虫食い部分がよく見えるところを描けるように気をつけてみました。この枯葉は虫に食べられ、自然に還る途中なので、ゴミ箱ではなく、庭先の土になってもらうことにします。」
社会について
「社会人になってから、立場ある人でも煙草等のゴミをポイ捨てしているところを沢山見てきました。いくら立派そうな人でも、自分だけ良しとする人は信頼出来ません。世の中の大人が皆、落ち葉を見つめてデッサンしてもらえると、少しは環境が良くなるかもしれませんね。」
コンクールについて
「自然と向き合える素晴らしい時間を、皆さんと共有出来たことがとても貴重な体験となりました。 より良い作品を制作できるように、これからも自然と向き合える時間を大切にします。」

 

生活感情について
「日々の生活に追われ、近視眼的に直感的に感情的に、行き当たりばったり生きている私には、枯れ葉を見つめて環境問題まで思考を膨らませる事は難しかったです。 という事で環境問題は置いておいて、今回も直感的に、枯れ葉の気持ちになってみる事にしました。」
落ち葉に思ったこと
「モチーフ台を上げて、目線を下に下げ、地面から落ち葉を見るようなアングルにしました。 ぜんぶアジサイの葉なんですが、色も形も違うし、とても個性的。面白い造形美だなぁ・・・と見入りました。描いて行くうちにカサカサと乾いて表情を変えて行くのも興味深かったです。カラカラに乾いてバラバラになって土に還る、自然の循環の中にいる枯れ葉に尊厳まで感じました。人間はいつから自然の一部では無くなってしまったのでしょうね。何でも絵にすると面白いですね。 」
デッサンについて
「自分の絵が芸術の域に遠く及ばないのは、思考する事が足らないからだと思っておりましたが、考えることが苦手で負担でした。 直感的でもいいと言って貰ったので、今後はもう少し気楽に何でも絵にしてみようと思います。 どこにでも落ちている枯れ葉…ありふれた物を見つめて考察する、哲学的・芸術的な時間が過ごせました。 技術的に【モチーフを上手に写して描く】という行為から脱したのではないかと思います。」

 

落ち葉に思ったこと
「公園のカエデの木の下に広がる星形の落ち葉を綺麗に感じ描きました。 大木の下に広がる黄色の葉が夕日に照らされ、さながら輝く星の海のようでした。 描いていく内に色褪せ茶色が濃くなったのですが、色褪せても自然の造形美は変わらず美しく、どこまでも描きこめるものだと感じました。 」
社会について
「描きながら、昨今の環境問題について思い、親戚の叔母の家に植えたビオラのことを思い出しました。何もない玄関にビオラの鉢を植えたのですが、毎週来るお弁当配達の方が『綺麗な花が迎えてくれてええわぁ~』と声をかけられるようになったと言われました。花や草木を愛でることで、自然と会話が増え、他人に対して優しくなれる。自然を大切にすることは、周りの人との繋がりも大事にすることに、つながっているのだと実感しました。昨今の環境問題には自然を取り戻すと声高に訴えることではなく、人と自然の両面をケアしていくことこそが、改善に繋がっていくのではないかと思いました。」
デッサンについて
「コンクール中に感じていた自身の弱い箇所が、俯瞰して見れたような気がします。俯瞰して見ると、意外と自分のことを自分で絞めていただけだったのかもしれないとも感じました。 弱いところは自分だけでは分かったつもりになりがちで、なかなか気づきにくい、参加できて良かったです。 自分に素直に向き合い描く、自身にとって本当に大切なスタイルです。忘れずに続けていきたいです。」

 

落ち葉に思ったこと
「葉は山帰来(サンキライ)です。 捻れたような立体の形状が面白く、取っておいたものです。 見れば見るほど一枚の中にいろんな色や模様があり、形も質感も難しいモチーフでした。  以前、花師さんが【枯れた葉には生花にない美しさがある】と言われていたのを思い出しながら描いていました。」
デッサンについて
「出来は、足りないところがたくさんありますが、お陰様で隅々まで見ることができ、枯葉の美しさを堪能できました。枯葉からいろんな思考や世界に繋げていけるのですね…! デッサンは単に[描く]ことではなく、対象に向かい合い通じ合うことだと実感しました。」
社会について
「気候の変動が、人の手によるものであれば変えていくしかないのですが… 一人がやることは小さいことでも、その行為が集まれば良い方にも悪い方にも働いてしまう。自分の行動を振り返ってみなくてはと思います。コロナ禍で大気汚染が収まったそうですが、欲もなく淡々と生きる植物の姿に倣うところは大きいと感じます。」

 

落ち葉に思ったこと
「家の裏山に行って、様々な落ち葉を探しに行きました。思えば、幼い頃は、よく裏山に行って、駆け回ったり、ドングリを集めては、それを宝物にしたり、今では大切になっている思い出が沢山あることを思い出しました。 大人になって、日々の社会生活や、情報過多の生活に慣れていると、麻痺してしまって、自分にとって、何が大切なのか、忘れている事が沢山あることに気付かされました。 落ち葉と共に、そこに残っている、自分の大切な思い出を表現するために、幼い頃の写真と共に落ち葉を描きました。」
デッサンについて
「反省点としては、時間配分が上手く出来ず、描きこみがしっかりできていない所です。もっと質感や、それぞれの落ち葉の色の違いを際立たせたかったです。 もっと良いものになるよう、落ち葉をじっくり観察し、自分と向き合いながら、進めていきたいと思います。」
社会について
「今回の絵を描きながら、私達は、もっと自然と向き合い、自然を身近に感じられる生き方ができたら、未来がもっと明るく幸せな生き方ができるのではないか、と思いました。自然と共に過ごしていた、子供の頃の素直な思いを、忘れず生きていきたいと改めて感じました。 」

 

総評

今回、一番大切だと思うことは、つながりの感覚です。 それも、自分の感覚でとらえたものです。 皆さんが、絵を描くことが出来なければ、じっくり観察することも無かったでしょう。 皆さんが、コンクールに参加しなければ、落ち葉のことなど目に留めなかったかも知れませんね。 これらが無いと、そのつながりを感じることが出来なかった、その接点はとても小さいものです。他の人は誰も分からない、自分だけ感じたことで、身近にある小さな落ち葉を通して感じたこと、他の人から見ると、何も大したことには思えないでしょう。 でも、そのことで、自分の感じ方が変わって、世の中の見え方が変わってきたというのなら、すごい体験です。それは、皆さんへのクリスマスプレゼントと言っていいかもしれません。

 次に、落ち葉は自然物、やはり自然に目を向けていくことをテーマにしました。 自然は、いつも傍らにありますが、こちらが気付いて向き合わない限り、語りかけてはくれません。 しかし、そちらを向くと、限りない深淵を見せてくれます。自然の研究で、分かっていることと、分からないことの量を比べて見ると、どちらが多いでしょう? 我々は、色々なことを分かっているつもりになっているだけではないでしょうか? 或いは、分からないと表明することを避けている?

今回描いてみて、描けたと思いましたか?
分かっているというものは、分からぬものなり。
分からぬというものが、分かっているものなり。
描けると思うのは、描けぬなり。
描けぬと思うが、描けるなり。
落ち葉を描いて、難しいな~上手く描けないな~自然は複雑で繊細で、なかなか描けるものではないな~自然はすごいな~と思いましたか? 自然物を描いて、その深みを感じることが出来たなら、それが正解です。

皆さんには環境問題の記事も読んでいただきましたが、自然ということテーマにすると、地球温暖化、気候変動が直ぐに連想される時代であることは、意識しても良いと思います。 現在、これらは深刻なこととして、共有されています。 しかし、環境破壊の話は、ずいぶん昔から、ずっと言われていたことです。 ホームのどこでもたばこを吸って、電車が来たら線路に投げ込むという時代では、水俣病や川崎喘息がありました。 局部的な環境破壊が世界中で同時多発的に起きていますが、かつて日本も経験したことなのです。 深刻に受け止めた人は一部で、大多数は深刻に受け止めなかった、或いはどうにもならないものとして先送りして、今日を迎えています。 世界の若者たちが叫び始めたおかげで、どうやらにっちもさっちもいかない状況だと共有されたようです。 しかし地球環境=マクロのことを、一人一人=ミクロで共有すること、これはなかなか困難な命題で、果たして変えていくことは出来るでしょうか?また、コロナ禍、大震災、気候変動、これらを自然の一側面として、受け止められる日は来るのでしょうか?

リアルというものは、自己都合で簡単に捻じ曲げられてしまうものです。 我々は、事実を目の前にしても、自分の都合で、見たり見なかったりします。モチーフを目の前にしていても、技術のことばかり考えて、見ていなかったことは、デッサンをする人が良く経験することです。他の存在を観察する、そこから想像したり共感したりする、事実を通して自他の接点を作っていく、デッサンは改めて素晴らしい文化だと感じました。 良いデッサンが出来たことを、参加した皆様は、誇りに思って良いと思います。そして「わからないこと」「描けないこと」に対する謙虚さを保ちつつ、自分が触れて感じた、信頼できる世界を、大切に守り育てていっていただけたらと思います。

皆様、大変お疲れさまでした。

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